地域の話

私と川口

私は川口生まれの川口育ちで、鉄工所の工作機械の切削音と天井を走行するクレーン(重量物を持ち上げ移動する運搬器具)の唸り音を聞きながら大きくなりました。「煌々と 燃えるキューポラ 川口鋳物」と謳われたように「鋳物のまち川口」は全国に知れ渡っていました。

その昔、享保13年(1728年)に見沼代用水路の開削による舟運・陸上交通の整備にともなって、商品の流通が盛んになりました。鋳物産業は江戸中期以降、技術の確かさと江戸市民の需要増大によりますますその数を増やし、発展の一途をたどり、明治末期には鋳物工場が150軒ほどとなりました。荒川や芝川を利用して原料・製品の運搬が行われ、川口は飛躍的に発展を遂げたのです。

現在も2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の成功を目指し1964年の東京オリンピックに続いて再び国立競技場の鋳物製の聖火台製作を要望しています。

しかしながら、江戸頼み東京頼みの姿勢から脱却し、政令指定のさいたま市と大東京のはざまでともすると埋没しかねない川口のアイデンティティ構築は、政治・経済・文化のあらゆる面で急がれています。

私は若い頃より公共心を持ち、多くの仲間たちと共に川口の明るいゆたかな街づくりを目的に活動してまいりました。特に川口青年会議所では将来の望ましいまちの姿はどんなものなのかを調査分析し、郷土愛の復活・快適環境の街づくりに尽力してきました。「人がやらぬ事、人のやらぬもの、人がやらぬ時」を合言葉に少し先駆けた市民運動であることを理念として、独特な活動を続けてきました。

今後も「すきです川口」を合言葉に川口のひと・まちを愛する一市民として、大いなる夢ビジョンを共に具現化していく為に、多くの方々と一緒に歩んでまいります。

地域活動にチャレンジ

21世紀社会の潮流には「官から民へ・中央から地方へ・男性から女性へ」に凝縮されます。主体は民・地方・女性に有り補完する官・中央・男性がある。そんな大胆な権限移譲が実施され真の「効率的な政府」ができるのです。民間の知恵と活力がみなぎり、都市と地方が共に均衡ある発展を目指し、あらゆる分野での女性参画が可能となるのです。

一方、国民の新しい価値感・文明観は「量より質・価格よりサービス・ハードよりソフト」重視が進みます。
行政だけに公共性を任せていては多様化する国民のニーズに応えることは難しいし、行政がすべておこなおうとすれば、今以上に行政機構が肥大化してしまいます。つまり、様々な理念から多様な公共性を目指すNPOが活動し、行政とパートナーシップを組むことが必要とされます。

これからの政治理念には、国民一人一人に「パブリック・マインド(新たな公共心)」を意識させるようなコミュニティー・ボランティア・パートナーシップという捉え方がとても重要であると考えています。

私自身も日々の会社経営のみならず、コミュニティー:町会活動・青少年育成、ボランティア:保護司、パートナーシップ:商工会議所・機械工業協同組合等の諸活動で多くの仲間と共に汗をかかせていただいております。地域のことは地域でしっかりと責任を持ち「みんなのことはみんなで決める」自立独立の社会を作り上げるためにも、まちに住む一人ひとりの声を活かしていきたいものです。

川口よもやま話

地名の由来は鎌倉時代の後期(1300年始め頃)に作られた日記文学「とはすがたり」に小川口(こかわぐち)と記されており、後にこれが川口になったと言われています。荒川や芝川などの河川沿岸を中心に農業が盛んに行われておりましたが、江戸時代に「川口宿」になり日光御成街道の宿場町として栄えました。また鍋や釜など日用品の需要が急激に伸び始めたこと、江戸に近く荒川の川底でとれる砂が鋳物の生成に適しているということで町のいたるところで鋳物業が盛んに営まれだしました。そのほかの伝統産業の和竿や織物業や植木もこの頃に土台ができたと言われております。
明治時代以降は西洋生型法の導入、原料や燃料の転換、動力送風機やキューポラが普及などで川口の鋳物は隆盛を極め、戦後も鍋や釜といった日用品鋳物から機械鋳物のへと転換を図り、川口鋳物は時代や社会背景に応じた発展を遂げてきました。

鋳物の町としては「東の川口」「西の桑名」と言われるほど業界では有名でしたが、全国の人々に広く知れ渡るようになったきっかけは1962年公開された吉永小百合さん主演の映画「キューポラのある街」がヒットしてからです。
また1964年の東京オリンピックの象徴・国立競技場の聖火台を製作したのも川口の鋳物職人。
当時最高の技術を持つと言われた鋳物職人・鈴木萬之助さんと、志半ばで倒れた父の遺志を継いだ息子・鈴木文吾さんの親子二代、職人の命と誇りをかけ完成した聖火台なのです。

現在では工場から出る煤煙が公害条例の規制対象となったり、鋳物の需要後退、東京のベッドタウン化も重なってその姿は数えるほどになりましたが、今でも駅周辺を歩くと地元の鋳物技術者、職人の手による多機能歩道橋のベストインテリアデッキや、商店街のアーチやレリーフ、街灯、用水に架かる橋の欄干などに地場産業の鋳物によるデザインが施されて伝統技術を誇っています。また鋳物産業を基幹として発展してきた「ものづくり」の高度な知恵と技術と職人魂は多くの川口のさまざまな町工場に脈々と受け継がれております。